2006年のこの日、60年以上も未解読のままだった、ある暗号が解読された。その暗号の名前は「Enigma」。
第2次世界大戦でドイツ軍が使い、その難易度の高さから連合軍を苦しめたと言われている史上最強の暗号である。大戦中に破られた暗号もあったが、未だ謎であった3つの暗号のうち1つを、ドイツの「M4 Project」と呼ばれるチームが解読に成功する。
一体、彼らは何者なのか?そして、暗号文は何を伝えていたのか?
ドイツ軍の暗号「エニグマ」とは
▲開発者Arthur Scherbius
彼は、紙と鉛筆の暗号に20世紀のテクノロジーである”電気工学”を利用したいと考え、友人とともに、暗号技術のビジネス化を目論んでいたのだ。
それが「Enigma」と後に呼ばれる暗号機だった。
▲Enigma
1925年にはドイツ軍が正式採用し、約3万台が軍用として使用されることになった。
その名「Enigma」は、英国の作曲家エドワード・エルガーの変奏曲36番 「Enigma」 から取られたものだと云う。 「Enigma」 は 「謎」 という意味である。
「Enigma(エニグマ)」の仕組み
手前にキーボードがあり、その奥にランプボード(表示盤)、一番奥には3枚のローターが入っている。
ローターの左にはリフレクター(反転ローター)がつけられていて、キーボードの手前にはプラグボードが格納されている。 上蓋の内側の下にプラグコードが格納されている。
内部のローター(写真上)は、中の配線が暗号化機(スクランブラー)になっていて、打ち込んだ文字は3枚のローターを通って変換され、反転ローターでもう一度3枚のローターを逆方向に通って再度変換されて出力されるという仕組みだ。
暗号化・復号化(暗号を読むこと)の鍵は、いくつかあるローターのうち、どの3枚を使うかの組み合わせと、ローターをセットする順序、ローターの目盛りの初期位置、およびプラグボード配線によることになる。
▲プラグボード
また、1文字を暗号化する毎にローターが一目盛り回転し、回路が変更されるので、同じ文字を打ち込んでも前回とは別の文字に変換される。
端のローターが1回転すると隣のローターが一目盛り回転するので、回路の組み合わせは膨大な数になる。これが、Enigmaを解読困難な暗号にした所以だ。
第2次世界大戦終結につながった暗号解読
そこで、連合軍は1930年代に入ってイギリス、アメリカ、フランスがこの3ロータ型のエニグマ解読を試みたが不成功に終わった。
ドイツ軍はエニグマに絶大の自信を持っていたため、 これが連合軍に解読されるとは夢にも思っていなかった。しかし、あるポーランドの若き数学者が、初めて暗号解読に成功する。
▲マリアン・レイェフスキ
従来の暗号解読者は言語学者主体だったが、エニグマの出現で数学者が採用されたのだ。
そしてこの若き数学者マリアン・レイェフスキと、レイェフスキのポズナン大学における後輩ヘンリク・ジガルスキとイェジ・ルジツキは、エニグマ初期型の解読に成功した。
これはフランス情報部のスパイが、ベルリン暗号局シフリーシュテーレで勤務するハンス=ティロ・シュミットから得た情報から、推察される構造を復元したエニグマを用いて解読されたのだという。
▲エニグマの取扱説明書
実のところ、レイェフスキの上司であるランゲル少佐はフランス側からローターの日毎の配置を記したコードブックも得ていた。
が、戦争激化時のスパイ行為の難しさを見越して独力で解かせることにしていたのだという。
エニグマ新型の解読
イギリスはエニグマの解読は不可能と思っていたが、ポーランドの成果に感激し、ポーランドに倣って大量の数学者・科学者を雇い、バッキンガムシャーのブレッチレー・パークでエニグマの研究を本格化させた。
ブレッチレー・パークは後に目覚ましい成果を上げていくが、ここで働いていた人物は、一癖も二癖もある人物ばかりだったと言われている。
全英チェスチャンピオン、古典学者、美術オタク、焼き物の名人、クロスワードマニア、トランプの名人など。
パークを訪れた英首相チャーチルは、その軍属とは思えない異様な雰囲気に驚いたが、同時に大いに気に入り、「金の卵を生む鳴かないガチョウたち」と呼んだと言われている。
▲「イミテーションゲーム」のモデル・アラン・チューリング
その結果、このイギリスの政府暗号学校 (GC&CS) のアラン・チューリング(写真上)が、1939年秋には電動式の暗号解読機「ボンブ」の設計を行った。
アラン・チューリングは、イギリスの数学者で、数学的演算(アルゴリズム)を実行するチューリング機械を考案していた。
ポーランドで出来なかった人的・物的資源を増加したイギリスは、アラン・チューリング(Alan Turing)らの活躍により10台の解読機を動かし、とうとう日鍵を数時間で解読することに成功した。
エニグマの解読には、ドイツ軍の通信文が定型化されていること、また、日鍵の組み合わせの傾向が利用されたことなど、その運用面での粗雑さが解読の手段を与えていた。
無線信号1851/19/252:「F T 1132/19内容:攻撃中緊急潜水。対潜爆弾。最終敵位置0830時、対妨信9863、(方向)220度、(速度)8ノット。(敵)追跡中。(気圧計)14 mb低下、(風向)北北西、(風力)4、視界10(海里)」
ポーランドで出来なかった人的・物的資源を増加したイギリスは、アラン・チューリング(Alan Turing)らの活躍により10台の解読機を動かし、とうとう日鍵を数時間で解読することに成功した。
エニグマの解読には、ドイツ軍の通信文が定型化されていること、また、日鍵の組み合わせの傾向が利用されたことなど、その運用面での粗雑さが解読の手段を与えていた。
▲ドイツ軍U-ボート
また、暗号解読のためには大西洋上のドイツの気象観測船を奇襲により捕獲したり、損傷して浮上したUボートを捕獲したりして、エニグマの実物や暗号書を手に入れることが不可欠だったと言われている。
そして、ついにUボートからのコードブックを奪取することに成功する。
そして、ついにUボートからのコードブックを奪取することに成功する。
しかし、成功したことをドイツ側に判らないように画策し、その秘密は、戦後30年の1974年「ウルトラ・シークレット」として初めて発表されるまで世間に公表されることはなかったという。
残された3つの未解読メッセージ
未解読のままになっていた三つの暗号文の内の一つが、ドイツのアマチュア暗号解読家とインターネット上の仲間による共同プロジェクト「M4 Project」によって解読された。
M4 Projectは、分散コンピューティングを使用した”総当たり攻撃”によってエニグマ暗号文を解読しようとするプロジェクトだ。
同プロジェクトの主催者らは最初のメッセージ解読にあたり、暗号化されたメッセージについて4ローター式Enigmaで考えられるすべての設定を、いわゆる力ずくでテストしたのだという。しかし、使用した設定には、マシンのローターで処理を始める前にオペレーターが2つの文字を入れ替えることのできる配線盤部分が含まれていなかったという。
このメッセージは以下のような内容だった。
無線信号1851/19/252:「F T 1132/19内容:攻撃中緊急潜水。対潜爆弾。最終敵位置0830時、対妨信9863、(方向)220度、(速度)8ノット。(敵)追跡中。(気圧計)14 mb低下、(風向)北北西、(風力)4、視界10(海里)」
さらにもう一つの暗号も、2006年3月7日に解読を成功している。
残された未解読暗号はあと一つ。いつ、解読されるのだろうか?